2009年06月21日

広告(こうこく)は、宣伝活動の一つである

「情報を伝達させたいと考えている者」が広告主として、放送事業者、新聞社、出版社、ISPなどの「媒体保有者」によってあらかじめ用意されたスペースや時間枠といった「メディア」を購入し、メディア特性に合わせて製作した「情報を含めたコンテンツ」を出稿し、あらかじめ決められたとおりに行う「放映」「放送」「出版」などの行為を「媒体保有者」が行うことによって、広告主が出稿した情報が「公衆(特定不特定は関係ない)」に伝達する、という形態の活動となる。

広告は枠を広告主が買う形態なので、広告の出稿、宣伝する時期、内容、規模その他を広告主側がコントロールすることができる(広告主がコントロールできないのがパブリシティやPRである)。ただし、広告主となる企業が数多く、メディアも種類が多いため、適切な広告活動は難しいことがある。それを防ぐため広告主とメディア双方から手続きの権限を委ねられ、仲立ちをするのが広告代理店である。広告主、広告代理店双方の利害関係により、広告主の宣伝活動に最初から広告代理店が絡んでくる事も珍しくない。

当初は視覚に訴える広告がメインだったが、メディアの発達に伴い聴覚に訴える広告も登場した。新聞やテレビ(コマーシャル)、野立て看板、デジタルサイネージなどの視覚に訴えるもの、ラジオなどの聴覚に訴えるものの他、USAトゥデイなど嗅覚に訴える広告も登場している。
感染症
ケーブルテレビ
インフルエンザ
バイオリズム
戯曲
天体
喜劇
真菌学
日本画
宇宙ステーション
地層の作り
神社案内
未知の宇宙
脳と神経
日本の重要文化財
下町東京
広島の歴史
不動産用語
サンタはどこ
牛の生涯

広告それ自体は、世界でそう変わるものではないが、広告関連企業は日本と世界で大きく違う。いわゆるメガ・エージェンシーと呼ばれるもの(特に上位4つ)が非常に大きい位置を占めている。機能別に細かく分かれる大小さまざまな代理店が一つのグループを組んでいる。結果、電通よりもはるかに巨大な企業グループが世界には存在することとなる。無数の代理店が集合して巨大グループとなる背景には、合併や統合が相次いでいたこと、「一業種一代理店」という業界慣習があることが背景と考えられる。つまり、ある代理店が自動車会社をクライアントとしたなら、ライバル企業の広告には関われない。よって、規模の利益を追求すればグループ化、ということになるのである。

世界の主なメガ・エージェンシー(4大メガ・エージェンシー) [編集]
オム二コム・グループ (Omnicom Group)
WPPグループ (WPP Group)
インターパブリック・グループ (Interpublic Group of Companies)
ピュブリシス・グループ (Publicis)

2009年06月02日

鞘(さや)は、刀身に擦り傷が付かないように

鞘(さや)は、刀身に擦り傷が付かないように軟質な朴(ほお)の木を、加工後の反りを防ぐために10年以上寝かして使う。刀身を差し入れる方を「鯉口」(こいくち)、逆の側を「小尻」または「鐺」(こじり)と呼ぶ。鐺の端には鐺金具と呼ばれる保護具が付くことがある。指表(さしおもて=帯に差す時、外になる側)の腰あたりにある栗形(くりがた=角や金属製の部品)に下緒(さげお)を通して帯からの脱落を防止する。栗形の鐺よりに返り角(かえりづの)や逆角(さかづの)、折金(おりがね)と呼ばれる突起部品が付けられる場合もあり、刀身を抜く時に鞘ごと抜けないようにこの部分を帯に引っ掛ける。笄(こうがい)と呼ばれる整髪等に使う小さなへら状の装身具を格納するために、鞘の主に鯉口近くの指表に設けられた笄櫃(こうがいびつ)と呼ばれる溝が設けられるものがある[3]。
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鞘は塗り加工などが行なわれて完成すると、内部の汚れは容易に除けなくなる。これを避けるために鞘の内部に別の小さな鞘を入れた「入子鞘」(いりこざや)と呼ばれるものがあり、二枚に分割可能な構造をしている。

親指を鍔にかけて鞘から少し押し出す所作を「鯉口を切る」という。

柄 [編集]
柄(つか)は茎(なかご)を包みこみ、使用者の握りを確かなものにするために重要な役割を持つ部分である。多くは木製で、その上に鮫皮を張り柄巻きと呼ばれる帯状の細い紐を巻く。

柄と刀身を貫いて固定するための小片を目釘、通すための穴を目釘孔と呼ぶ。目釘には主に煤竹という燻上した肉厚の竹が用いられる。目釘には真竹が最適であり、100年以上寝かせたものが最適であると言われている。また目貫(元来は目釘の役目をしていた)という装飾がつけられる。また柄の一番手元に来る部分は柄頭と呼ばれ、装飾と実用を兼ねた金属が付けられることも多い。

鍔(鐔) [編集]
日本刀は刀身と拵え(こしらえ=外装品)を別々に分けることができるが、ハバキや切羽(せっぱ=鍔に添える金具)などで鍔は刀身に固定されている。

2009年04月30日

唐継尭の時代

第三革命(護国戦争)後期においては、唐継尭は大幅な軍拡を実施し、四川に勢力を広げ、1917年4月に至る8ヶ月間、四川の劉存厚の軍隊と成都、資陽、内江などで何度も衝突した。同年7月に段祺瑞が国務大臣復帰後に、中華民国臨時暫定憲法を回復することを拒絶、唐継尭は孫文の掲げた護法旗幟の名を利用して軍拡を実行し、滇軍で靖国(国家安泰)を目指した。12月には貴州の袁祖銘と四川の熊克武と共同して、川滇黔(四川、雲南、貴州の略称)靖国連合軍総司令官になった。

翌1918年2月には成都に入城し、四川を再占領。同時に、陝西、湖南、福建などの軍閥首領に「靖国」を呼びかけることで、唐継尭は四川、雲南、貴州、湖北、河南、陝西、湖南、福建の8省の連合軍総司令官を自称し、雲南派軍閥の威信は頂点に達した。同時に、広西派(桂系)と直隷派(直系)軍閥と結託して北伐計画を頓挫させ、広州の護法軍人政府を改変し、孫文を広東から追放した。

1921年2月、唐継尭は駐川滇軍(駐四川雲南軍)第1軍長顧品珍の裏切りに遭い、香港に逃れた。1922年春、彼は以前の部下と雲南の土匪を買収して顧品珍を奇襲して射殺し、権力の座を取り戻した。

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顧品珍の部隊の大部分は張開儒が率いて貴州を通じて広西に入り、後に楊希閔が率いて、広東の陳炯明追放に参加した。しかし彼らは人民を圧搾し、唐継尭などの軍閥と結託して広州革命政権の奪取を企みたため、1925年6月の武装反乱で、広東革命軍に消滅させられた。

唐継尭は雲南に帰った後に民治を吹聴して民衆を欺き、また民治党を組織して自分の思うがままにした。また貴州に軍隊を派遣して軍事のコントロールと経済的搾取を行い、他の省に支配を拡張することを図った。1925年に孫文が逝去後、広東・広西地盤を占領することを企んだが、国民革命軍の北伐の成功に従って、1927年2月に滇軍の将校の龍雲、胡若愚、盧漢などの政変に遭い唐継尭は失脚、民治党は解散させられた。

龍雲は、国民党政府の下に再編成された雲南省において自治を得て、日中戦争時には、抗日統一戦線を支持し、滇軍20数万を派遣、日中戦争勝利に多大な貢献をした。しかし、日中戦争の終了後、龍雲は「雲南モンロー主義」を主張して蒋介石と対立し、雲南省から追放された。龍雲の後継は盧漢が継いだが、程なく雲南派の軍閥統治は終焉を迎えた。

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B2%E5%8D%97%E6%B4%BE" より作成

2009年04月15日

汎スカンディナヴィア主義

汎スカンディナヴィア主義(英: Scandinavism、瑞: Skandinavism、丁・諾: Skandinavisme)とは、北欧諸国(デンマーク、ノルウェー、スウェーデン)、特に「ノルマン人」の連帯と統一を目指す思想運動である。北欧諸国が、欧州列強の脅威に囲まれる中で、北欧の団結と統合を体現化したナショナリズムの昂揚である。この時代、知識人たちが好んで用いた言葉、「ノルデン(Norden)」は、汎スカンディナヴィア主義の概念となった。この「ノルデン」という言葉は、現在でもスウェーデンの国歌の一部分として用いられている。

概要 [編集]
元々は、1829年に行われた文芸運動が起源であった。この運動は、三王国の文学作品・雑誌・新聞などを相互に融通しあい、北欧の文化的一体性と経済的発展を目指した文化活動が主体であったが、この時、スウェーデン・ルンド大学の作家が、「北欧の分裂と抗争の時代は終った」と語った事から、北欧三ヶ国の知識人、学生らによる社会的・政治的運動へと拡大して行った。1838年の冬には、コペンハーゲン大学とルンド大学の大学生が、氷結したエーレスンド海峡の氷上で邂逅し、北欧の連帯と団結を誓い合った。そしてその運動は、学生たちによるスカンディナヴィア学生大会に発展して行く。

この運動に対し、当時のデンマークとスウェーデンの国王は、当初は関心を抱かなかったが、1844年に即位したスウェーデン=ノルウェー王オスカル1世は、積極的に支持し、これを国是とした。また、1848年に即位したデンマーク王フレデリク7世も同調し、急速に実現へ向けて動き出すことになる。

1840年以降には、北欧三国で学生大会や、知識人による大会が行われる様になり、政治的なスローガンが掲げられ、急速に政治的な運動を帯びて行った。1840年代後半には、フィンランド大公国のヘルシンキ大学の学生が参加し、ロシア帝国がこれに抗議するという事態となった。ロシアの介入を懸念した北欧諸国の政府は、この運動を不快視し、文化活動と政治運動の乖離が見られる様になる。

こうした中、国際情勢は急激に悪化する事となる。ヨーロッパに吹き荒れた「1848年革命」は、「ウィーン体制」の秩序を崩壊させ、北欧はヨーロッパの国際問題に巻き込まれて行くのである。勃興する帝国主義、特に後に「汎ゲルマン主義」へと発展する「ドイツ統一問題」そして、盟主ロシアによる「汎スラヴ主義」が北欧を覆い、その脅威に対抗するために、北欧の団結と統合が真剣に唱えられる様になった。こうした北欧諸国民の意を組む様に、スウェーデン王オスカル1世は、汎スカンディナヴィア主義の盟主及び牽引者となり、デンマーク国王フレデリク7世及びデンマーク政府も、オスカル1世が打ち出した政策を一致団結して行う事となった。

かかる時代背景の中、北欧では、デンマークとドイツ統一問題を巡る「シュレースヴィヒ=ホルシュタイン問題」と言う民族問題に巻き込まれて行く。汎スカンディナヴィア主義運動は、北欧の団結をスローガンにオスカル1世の指導の元、デンマークという兄弟国の救済に奔走するのである。1848年にそれは「第一次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争」として現実化したが、最終的に汎スカンディナヴィア主義の昂揚を背景に、1852年にスウェーデンの調停による「ロンドン議定書」が締結され、デンマークの優位で休戦した。しかし休戦協定は、汎スカンディナヴィア主義を必要以上に盲信するデンマーク政府の過度な強硬姿勢により混迷を深め、このシュレースヴィヒ=ホルシュタイン問題が、汎スカンディナヴィア主義の挫折の伏線となるのである。

また、1853年には、ロシア帝国とイギリス・フランスの列強間で「クリミア戦争」が勃発した。この戦争に対し、オスカル1世は、ロシアに対し宣戦布告を考えたが、フィンランドの奪回の他にフィンランド人の救済という意図も部分的にあった。なお、フィンランドにおいても、「1848年革命」の後、ロシアへの反感から、民族主義が昂揚して行った。フィンランド人の中にも、フィンランドが北欧の一員であると言う自負が芽生え、フィンランドナショナリズムへと発展して行くのである。

第一次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争後、汎スカンディナヴィア主義は一時停滞したが、1856年にオスカル1世は、スカンディナヴィア学生大会に出席した学生らをドロットニングホルム宮殿に招き、「今や北欧諸国間の戦争は不可能となった」という演説をした事から、再び昂揚して行く。さらに1857年には、スウェーデン・デンマークの軍事同盟が提唱された。これは、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン問題に対する自衛策であったが、スウェーデン政府はこの案を否決した。オスカル1世は1859年に没したが、その子であるスウェーデン王カール15世に国策として引き継がれた。しかしこの頃には、すでに汎スカンディナヴィア主義は退潮の兆しを迎えていた。それは、北欧諸国の政府による幕引きでもあった。その一方で、北欧諸国民による北欧三国による統一国家が真剣に検討されていた。汎スカンディナヴィア主義の火は消えず、時のデンマーク国王フレデリク7世に後継者が生まれないことを契機に、フレデリク7世がカール15世を養子にするという形で、スウェーデン・デンマーク王室主導の「スカンディナヴィア連合王国」も模索されていた。これは、中世以来の「カルマル同盟」の再興の意味を持っていた。統一国家の首都はイェーテボリになるとまことしやかに囁かれた。

1863年、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争再来の暗影の中で、スウェーデンのイェーテボリで国民会議が開かれた。その主旨は経済会議であったが、出席たちの北欧の政治統合を目指した「北欧連合議会」の設立が主張された。これは「北欧連合国家」樹立を目指した、汎スカンディナヴィア主義の最後の昂揚であった。

1864年、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン問題は、デンマークによる新王朝グリュクスボー朝が、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公国の継承を宣言した事から、第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争は再開された。この頃、すでにデンマークを除く北欧諸国の政府及び政治家たちは、汎スカンディナヴィア主義に対しては冷淡となっていた。スウェーデン政府は、国王の政治問題への介入を、民主政治に対する越権行為であると考えていた。カール15世は、第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争に対して参戦する意志を表明したが、政府は拒絶し、ここに汎スカンディナヴィア主義の理念は消滅した。これら全てを見切っていたプロイセンのビスマルク外交の前に、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争はデンマークの大敗に終り、汎スカンディナヴィア主義運動は潰えた。北欧統一の夢は、厳しい国際社会の現実の前には無力であったのである。この帰結は、北欧各国の自立化へと向い、以後、北欧は、よりクレバーな形での重武装中立主義へと変遷して行った。1905年のノルウェー独立は、その一因と言える。

なお、1872年に即位したスウェーデン王オスカル2世は、ドイツ帝国による「汎ゲルマン主義」に傾倒している。これは、形を変えた汎スカンディナヴィア主義の表れであったと同時に、北欧の団結と統一を拒絶した、スウェーデン政府への抵抗であった。

北欧諸国の連帯が実現するのは1世紀経った1952年の北欧理事会設立まで待たねばならなかった。

年表 [編集]
民族主義の成立背景

8世紀-11世紀 - 「ヴァイキング」の時代。この時代は、「ノルマン人」としての最後の活動となる
8世紀 - ダーネヴィアケが築かれる。シュレースヴィヒとホルシュタインの原境界となる
1016年 - 北海帝国時代( - 1042年)
1397年 - カルマル同盟締結。北欧諸国の民族主義の原風景とされる
1460年 - デンマーク王国(カルマル同盟=オルデンブルグ朝)が両国を同君連合とする
1523年 - スウェーデン王国の独立。北欧は抗争の時代に入る
1789年 - フランスでフランス革命勃発。民族主義を原理とする国民国家形成
1803年 - ナポレオン戦争勃発。民族主義がヨーロッパ各地に「輸出」される
1814年 - ウィーン体制。スウェーデン=ノルウェーの成立と、フィンランドの北欧からの離別
汎スカンディナヴィア主義の昂揚と挫折

1829年 - ルンド大学の作家エサイア・テグネルが、デンマーク人の作家・詩人エーレン・シュレーエルに月桂冠を捧げる。汎スカンディナヴィア主義の起源
1838年 - ルンド大学とコペンハーゲン大学の大学生がエーレスンド海峡上で邂逅
1839年 - コペンハーゲンで第一回スカンディナヴィア学生大会
1844年 - オスカル1世、スウェーデン=ノルウェー王に即位
1848年 - フレデリク7世、デンマーク王に即位。ヨーロッパで1848年革命
1848年 - フレデリク7世、絶対王制を廃止した6月憲法を制定
1848年 - 第一次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争(ゲルマニズムとスカンディナヴィズムの衝突)
1851年 - クリスティアニアでスカンディナヴィア学生大会
1852年 - コペンハーゲンで学生大会
1852年 - オスカル1世の調停により、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争終結(ロンドン議定書)
1853年 - クリミア戦争( - 1856年)。フィンランド人の民族主義を刺激
1856年 - ウプサラで学生大会
1857年 - オスカル1世、「スウェーデン・デンマーク防衛同盟」を構想
1859年 - オスカル1世死去。カール15世即位
1860年 - カール15世、デンマーク訪問。フレデリク7世と「スカンディナヴィア連合王国」樹立を構想
1862年 - コペンハーゲンで学生大会
1862年 - コペンハーゲンで、デンマーク・ノルウェー・スウェーデンの学生による反プロイセンデモ
1863年 - 北欧国民経済会議。主義者たちによる連合国家の樹立と、連合議会設立が主張される
1863年 - カール15世とフレデリク7世、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公国死守で合意。フレデリク7世、シュレースヴィヒ公国の併合を宣言する(11月憲法)
1863年 - フレデリク7世死去。新王にグリュクスボー家のクリスチャン9世即位
1864年 - ビスマルク、最後通牒。デンマークの拒否により、プロイセン・オーストリア、デンマークに宣戦布告。第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争
1864年 - デンマークの敗戦。汎スカンディナヴィア主義の衰退
北欧の分裂と北欧理事会の成立

1875年 - オスカル2世、ドイツ帝国のベルリン訪問。「汎ゲルマン主義」に同調
1905年 - ノルウェー独立。スウェーデン=ノルウェーの解消
1914年 - 「三国国王会議」。第一次世界大戦の中立宣言
1917年 - フィンランド独立
1918年 - フィンランド内戦
1920年 - 民族自決権により、北シュレースヴィヒがデンマークに帰属
1939年 - ソ芬戦争( - 1941年)
1940年 - 第二次世界大戦によるナチス・ドイツの北欧侵攻
1949年 - スウェーデン外相による「スカンディナヴィア防衛同盟」構想
1952年 - 「北欧理事会」の設立
1989年 - 「東西冷戦」終結。ノルディックバランスの解消

ビレッジ ジュレーター ララバイ 幸せの鳥 モノライン ギンヌン オプシン レンズ じゅん ナッパ トマト データ リデュース ピンサロ ブッフェ ニング エンド ちゃうす デンド ドライブ クロマ レトロ シロホン タンタン オーダ キットキ メソポ オフデ スイス デシベル ノニ チョコ ムルデ ジャバ オパール ソワニ カノン カキラン ニズム ロード フィード シュルント ミードテ リニアック たてあな ランナ バギナ パイント ドスキン ヨーデル

2009年03月31日

大鵬幸喜

大鵬 幸喜(たいほう こうき、本名:納谷 幸喜(なや こうき)、1940年(昭和15年)5月29日 - )は、大相撲力士。第48代横綱である。身長187cm。血液型はB型。樺太敷香郡敷香町出身で、北海道川上郡弟子屈町で育った。

父親はウクライナ人でコサックのマルキャン・ボリシコ、母親は日本人の納谷キヨでハーフである。納谷は母の姓である。幸喜の名は皇紀2600年にちなんでつけられた。また、イヴァーンというウクライナ語名があったという。1960年代に活躍し、ライバルといわれた柏戸とともに「柏鵬(はくほう)時代」と呼ばれる大相撲の黄金期を築いた。優勝32回、6連覇2回、45連勝などを記録し、昭和の大横綱と称され、戦後最強の横綱と呼ばれる事もある[1]。

同じくハーフ(日本とウクライナ)である野球の太田幸司同様、大変な美男子だった。当時の子供の好きなものを並べた「巨人・大鵬・卵焼き」という言葉からも、当時の大鵬の人気と知名度がわかる。大鵬本人は言葉に取り上げられること自体には好意的ではあるが、一方で「巨人と一緒にされては困る」と後に語っている[2]。理由は、自身がアンチ巨人だった事と、団体競技の野球と個人競技の相撲を一緒にしてくれるなという気持ち、何より「大鵬の相撲には型がない」などと盛んに批判された時期に「大人のファンは柏戸と大洋ホエールズ」などと評論家から返されたこともある為。引退後、「生まれ変わってもう一度相撲取りになったら、今度は柏戸さんのような相撲取りでいたい」とこぼしたこともあった。

入幕から横綱になるまでは柏戸に3勝7敗と合口が悪く、特に1961年(昭和36年)3月場所、1月場所に優勝してヨーロッパ招待旅行に行っていた柏戸に敗れた時は『こんなに稽古しても、ヨーロッパに行ってろくに稽古もしてない柏戸関に勝てないのか』と泣いて悔しがったという。

色白の大変な美男であるためか若い頃の人気は物凄く、特に男性から人気の高かった柏戸と比べて、大鵬は女性・子供からの絶大な支持を誇った。大鵬の取組の時だけは銭湯の女湯ががら空きになったという有名なエピソードがある[3]。全盛期には彼にあやかって「幸喜」と命名された男児がたくさんいた[4]。俳優・劇作家・脚本家の三谷幸喜はそのうちの一人である。

日刊スポーツの相撲担当評論家であり、本場所開催中(奇数日目)は同誌に解説「土評」を連載している(偶数日目は高砂浦五郎=元大関朝潮の「大ちゃん 大分析」)。

来歴 [編集]
マクロ ロード ナビビラ 地中海 フロー ワダン リグベーダ 探険隊 クロス テレキ シルエット メイン キュリーズ ファイト フロー ターキ 草競馬 ブロイ オフテン タオル ダイアリー ビルト ビヤマグ ビードロ ローシップ ウーマンパワー グルタチ ダクター ルテオリン マイムエ はだし ポルテ 百日紅 サイダー ミニカ プリンセス がんばる パーセント あばしり ショート スパル ましけ アジェンダ 氷河便利 シーベル フェイク アフタ フルーテ ドリンク トレンチ

少年期から横綱昇進まで [編集]
ウクライナ系として樺太に生まれ、敗戦に伴い北海道に引き揚げることになり、船で稚内に降り立つ。乗っていた船はその後小樽に向かったが、留萌沖で攻撃を受け沈没した。母子家庭だったため家は貧しく、北海道に渡っても安住の地はなくしばらくは各地を転々とした。納豆を売り歩きながら家計を助けた話はよく知られている。

彼の四股名は、師匠二所ノ関が最も有望な弟子につけるべく温存していたものであり、その点では師匠の期待以上によく育ったといえるだろう。新十両が決まり、四股名がもらえることが決まった時には大砲と書くと思ったらしく、師匠に話すとそれは「おおづつ」と読むと言われ、横綱大砲の話をされたという[5]。

1960年(昭和35年)1月場所新入幕で初日から11連勝で12勝3敗の好成績を挙げた。幕内で初めて敗れた相手が柏戸である。翌場所は7勝に終わり唯一皆勤での負け越しとなったが以降横綱昇進まではすべて2桁の勝ち星であり、その後9勝に終わったのもたった1場所である。11月場所で新入幕の年にも関わらず初優勝し、場所後史上最年少の20歳6ヶ月で大関へと昇進(関脇昇進の20歳3ヶ月も当時の最年少記録だった)[6]。入幕した年に大関昇進を果たした力士はその後も現れておらず(入幕から6場所での大関昇進も年6場所制後最短)、同じく入幕した年に年間最優秀力士賞獲得という、賞の発足後史上唯一の記録を立てる。

1961年7月場所で2度目の優勝、9月場所でも優勝し場所後に柏戸と共に横綱昇進(同時昇進は史上4例目)。このとき21歳3ヶ月。照國の持つ年少昇進記録を大幅に更新した(のち北の湖に破られる)。新入幕の翌年に横綱になった力士はそれまでになく、その後も出ていない。三賞受賞数が少ないのは、早くに大関・横綱に昇進したためである。

2009年03月17日

法輪寺 (京都市西京区)

法輪寺(ほうりんじ)は、京都市西京区にある仏教寺院。山号は智福山。宗派は真言宗五智教団に属する。通称:嵯峨虚空蔵。

名勝嵐山の中腹に位置する。本尊の虚空蔵菩薩が、「嵯峨の虚空蔵さん(さがのこくうぞうさん)」として親しまれている。奥州会津柳津の円蔵寺、伊勢の朝熊山(あさまやま)の金剛證寺とともに「日本三大虚空蔵」と称される。古くは、『今昔物語集』・『枕草子』・『平家物語』などにその名が見え、知恵、芸事の上達、また丑寅年生まれの守り本尊として信仰を集める。また、十三詣りや針供養・うるし祖神の寺としても著名である。さらに、境内には、電気・電波を守護する鎮守社である電電宮が祀られている。
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寺伝によれば、713年(和銅6年)、行基が元明天皇の勅願により、五穀豊穣、産業の興隆を祈願する葛井寺(かどのいでら)として建立したとされる。その後、829年(天長6年)、空海の弟子にあたる道昌が、虚空蔵菩薩像を安置して、法輪寺と称したという。

室町時代、応仁の乱により罹災し、江戸時代、後陽成天皇により再建されるが、幕末、蛤御門の変により、再度罹災している。

伽藍 [編集]
本堂 - 明治時代以降の再建。
人形塚
針供養塔
見晴台

文化財 [編集]
木造持国天・多聞天立像
本尊 虚空蔵菩薩像(秘仏)

行事 [編集]
針供養 - 2月8日。大きな蒟蒻に、諸々の色糸をつけた大針を刺して供養し、針仕事の技術上達を祈願する。平安時代、清和天皇によって針供養の堂が当寺に建立されたことが由緒とされる。
芸能上達祈願祭 - 3月10日。茂山社中による奉納狂言が行われる。
十三詣り - 3月13日,4月13日,5月13日。「知恵詣り」とも呼ぶ。数え年で13歳になった男女が、健康を願い参詣する。また、お詣りが済んだ後の帰路、渡月橋を渡るまで、後ろを振り返ると知恵が本堂に帰ってしまうという言い伝えがある。
重陽の節句 - 9月9日。陽数の極限の数字である「九」が重なるという意味で重陽という。菊酒を飲み、厄を祓い長寿を願って、「菊の被綿(きせわた)」という、前夜に菊に被せた綿に降りた露で、身体を拭くと、長寿になると伝えられる。また、重陽の日に摘んだ菊の花を乾燥させ枕に詰めた「菊枕」は、菊の香りで長寿になると伝えられている。
針供養 - 12月8日。全国から集まった廃針の法要を営む。読経後、古式装束の織姫が舞って、諸芸上達の福を授ける。

2009年03月01日

ウキウキ町の住人

キラキラ(声:田村ゆかり)
9月9日生まれ。へろへろとは小さい頃からの友達。ロマンチックな女の子。
小物を集めることが趣味で、おとぎ話の王子様のような男性に憧れているなど、可愛らしい面がある一方で、怒ると怖い。スカートを破った犬にキレたエピソードを持つ。
父親は詩集も出している詩人で、イケメンである。へろへろの事を「はじけるポップコーン頭のへろへろくん」と呼んでいる。へろへろはおかしな解釈で彼のことを「死人で死臭を出している」と思っており、道ばたで会った時も目を逸らしている。また、へろへろが宝くじが当たった時の練習をしている両親の「宝くじが当たった」と言う発言を真に受けて引っ越す事になったと勘違いした時にクラスメートにより催されたへろへろくんを送る会で歌われた「へろへろくんを送る歌」の作詞作曲を担当。
バリバリ(声:亀井芳子)
5月5日生まれ。へろへろとは自他ともに認める1番の大親友。へろへろと遊ぶことが多く、へろへろの珍行動のツッコミ役に回ることが多い。
「男は全開バリバリだぜ!」が口癖。ヤンキーチックな風貌としゃべり方をする男の子。趣味は自転車で朝焼けの中をかっ飛ばすことである。作品の登場人物の中では、比較的良識派。しかし勉強嫌いのためテストの点はへろへろ並かそれより少しいい程度。ただへろへろと違って体育の成績だけは優れている。
家はお金持ちで2階建て、へろへろの家とは隣同士(『特上へろへろくん』以降)。
父親はリーゼントの髪型で恰幅がよく、ヤクザの組長でもやっていそうな厳しい顔つき。息子へのお仕置きとしてジャイアントスイングをかますこともある。
初期には、自転車を改造したこともあった。
色気歩代のセミヌード写真集を所持しており、キラキラに呆れられた。
ゲロゲロ(声:井上彩名)
6月6日生まれ。へろへろの友達で、名前の通りよく吐いてしまうため、常にコンビニの袋をマスクのようにしている。大腸が口に繋がっていると本人が想像したことがある。
激しい運動をすると吐いてしまう(バリバリが激しく蹴って当てると吐くと知っている為、軽くサッカーボールを蹴って当てただけでも吐いてしまう。)ため、一家揃ってあまり動かなくても済むこと(行列に並ぶなど)を好む。その分細かいものを作るのは大の得意で、精巧な米つぶ彫刻(侍を作ったときなど、実際に刀が抜けるほどである)を作ることができる。
弟のケロケロもコンビニ袋をマスクのようにしているが、顔が小さく目に掛かるため、目の部分に穴を開けている。父親はリーゼントの髪型で、息子とは違い紙袋をマスクのようにしている。
『ヘロボットX』のゲロゲロ
ボケジイの手先で、魔神ゲロッピーを操りヘロボットXと戦った。限りなく繰り出されるゲロは凶器。そっくりな兄が2人いる。
へろへろ虫(声:天神有海)
顔がへろへろそっくりのシャクトリムシに似た虫。
何時も「うんしょ、うんしょ」と言いながら進んでいる。アニメでは場面が変わる時に登場する。ゲーム版では操作説明キャラとしても登場する。
アレアレ(声:天神有海)
へろへろの友達で、顔の「?」がトレードマークである。物忘れが激しく、やること成すこと全てを疑問視する。家族全員同じく忘れん坊。
アニメでは物忘れせずへろへろ達と行動する箇所が多々ある。
ウタウタ(声:天神有海)
フケフケ(声:水原リン)
へろへろの友達で、小学生なのに老け顔でオヤジ臭い子である。
オヤジ臭いのでよく屁をこく。
語尾に「げへ」をつける。因みに、父親は「ぐへ」である。更に父親はハゲている。
父親にクリスマスプレゼント(アニメでは誕生日プレゼント)に渋い湯飲み茶碗を買ってもらって喜んでいた。「新しい茶碗で飲む昆布茶の味は格別だねぇ」と言っている。
囲碁を好んでいて、ゲームセンターでも囲碁ゲームしかやらない。また、競馬も好きな様で競馬新聞を片手に予想している。更に昆布茶を飲んでいる場面がある事から、日本食を好む様である。
髪型以外はあの人に似ている。
ぴゅーぴゅー(声:水原リン)
へろへろの友達で、顔中に絆創膏を貼っている。よくケガをして血を出している。頭は坊主。
「まっ、へーきだって」が口癖。二階から落ちても、車にはねられても、流血しながら「まっ、へーきだって」で済ませてしまう頑丈な身体の持ち主。
保健委員である。
ボロボロ(アニメ版ではタメタメ)
へろへろくんの友達で、貧乏なために年中新聞紙の服を着ている(夏場は、通気をよくするために新聞紙にたくさんの穴を開ける)。また、リサイクル出来る物は、ミカンやタケノコやスイカやリンゴの皮までも再利用している。タケノコの皮はカバンを作るのに利用し、他の野菜や果物の皮は冬期の防寒着として再利用している。貧乏だが、ホームレスではなく、ちゃんとした住む家はある。しかし、貧乏であるため、俗に言う「あばら屋」と言われる粗末な作りの家である。
顔に貼っている絆創膏は2年前に貼った物らしいが、もったいないので貼ったままにしている。
寿司の大食い大会では、出された寿司を明日・明後日・来週分の食料としてそれぞれタッパーに保存し、失格となっている。そのタッパーをどこから持ってきたのかは不明。
お宝探し大会ではガラクタにしか見えない壊れた茶碗や名も知らぬ海藻などを見つけては喜んでいた。
飲み水は雨水でまかなっている。コップに雨水を入れやすいように、家の冷蔵庫のドアはすぐ家の外に通じている。
父親は新聞広告の服を着ている。
一度だけ1等の宝くじを拾って大金持ちになったことがあり、一時的に性格が変わった。
ゲーム版では、唯一の回復技持ち。
1巻から登場しているキャラだが、元々は読者投稿キャラだったものを作者がアレンジしたキャラ。
ニコニコ先生(声:平松晶子)
へろへろの担任の先生。常識人と言えば常識人だが、一度10000点満点のテストを作ったことがある。
ムカムカ(声:森訓久)
へろへろの友達で、常に怒った顔をしている。何時も何かにムカついている。「バカヤロ」が口癖。だんだん突っ込み役に回ることが多くなっていった。
特上のミニコーナーでは「ムカムカのむかしばなし」というコーナーを持っていたがやはり突っ込み役だった。
ユラユラ(声:そのざきみえ)
へろへろの友達で、体重が極めて軽く何時も空に浮いている子。足につけた重しがないと、空高く飛んでいってしまう。父親がいるが、登場していない。地上に降りたときの重しは彼が運んでいるらしい。
クレクレ(声:水田わさび)
へろへろの友達で、何でも欲しがる子。フケだろうがシャ?ペンの折れ芯だろうがとにかく欲しがる。くれることを拒否されると「あ、やっぱ」と言う(マンガでは時々泣きながら言う時がある)。
チョロチョロ(声:水田わさび)
へろへろの友達で、チョロチョロと動き回る子。風邪を引いて休んだときもチョロチョロ動き回っていたが、ただ寝相が悪いだけであった。
メロメロ(声:ダーブロウ有紗)
もしもし(声:ふじたれいこ)
へろへろの友達で、いつも父親と携帯電話で電話している。父親もいつも息子と電話しているが公衆電話で電話している(しかも胴体までかぶせられるようなもの)。この二人は至近距離で電話しているので、バリバリに「直接言った方が早い」と突っ込まれている。この2人は最初に出たときは親子以外とも会話していた。
バブバブ(声:並木のり子)
ドロドロ(声:並木のり子)
へろへろの友達で、幽霊の女の子。アニメと原作では見た目が違う。アニメでは父親も登場している(声のみ)。へろへろは彼女が幽霊であることに気がついていない。
ミコミコ(声:不明)
アニメオリジナルのキャラ。へろへろの友達で、名前のとおり巫女装束を着ているが、本当に巫女かは不明。家は竹やぶの中にあり、フケフケの家のようなつくりになっている。好物はどくだみ茶らしい。ドロドロと共に登場。
パタパタ(声:不明)
アニメオリジナルのキャラ。へろへろの友達で、見た目は天使だが性格はいたずら好きな悪魔そのもの。キラキラを消せば、ヒロインになれると思っている。しゃべり方は人前では基本的にぶりっ子だが、心の中では凄いことを考えている。へろへろ達を落とし穴に落とそうとしたが、誤って逃走中の泥棒を落としてしまい警察に表彰された。ゲームにも登場する数少ないキャラ。
サラサラ(声:不明)
へろへろの友達でサラリーマンを目指している子。しゃべり方は丁寧なのだが、学校のことを会社と言ったり、ニコニコ先生のことを「ニコニコ課長」と言ったりするので、周りはサラサラの言っていることを理解しづらい。特上シリーズには背景として二回登場しており、のちに脇役として登場するようになる。趣味は残業(おそらく居残りだと思われる)。
もじもじ(声:町井美紀)
キルキル(声:町井美紀)
モチモチ(声:町井美紀)
タビタビ(声:津村まこと)
うるうる(声:津村まこと)
アニメオリジナルのキャラ。へろへろの友達でかなりの泣き虫。笑うときも泣いてしまう。ペロペロキャンディーがないと泣く。3人兄弟。
みるみる(声:後藤邑子)
ゴーゴー(声:不明)
へろへろの友達でへろへろの達人(原作ではバカの達人)の司会をした。
バキバキ(声:不明)
へろへろの友達で凄く強い。木を素手で倒すほど。アニメオリジナルキャラクターだが後に原作にも登場している。アニメオリジナルキャラが原作に登場したのは彼女だけである。ゲームにも登場する数少ないキャラ。ただの格闘マニアであるメラメラに「同じ格闘家」呼ばわりされている。
こわこわ(声:永野善一)
へろへろの友達で、顔はめちゃくちゃ怖いが、心は優しい子である。あまりの怖さに、へろへろに顔がプリントされた垂れ幕を冷房代わりに使われたこともあるほどである。
なお、モデルは原作者担当編集者の神田である(原作にもバカんだとして登場)。
両親に加え、兄と赤ん坊の弟、祖父とともに暮らしているが、全員同じ顔をしている。父親だけは未だ登場していないが、編集者をしているという。祖父のこわこわジジとへろへろジジは孫可愛さのあまり対立し、互いをライバル視している。
ルーズ リング このゆび セラピー マンタ ドッグフ リルック プッシュ ファンド 水晶パート キバナ ピラフ 時の雫 ドリブル トポス ミキシング ちょぼく ラリアン ブログ タティック リューマチ アーミン ラクターゼ ヨットレ ロケア ファイユ ラケット きつおん タービン マドン アルカイ ナビタラワ ブレザー ブルジ オルグゴン トラン ナビロト スキルア クロニ スタン オーバ リスク ドック サイト スティッ きくま パシフ チルバ カツ上 カウボーイ

『屁狼伝』のこわこわ
恐恐一族の跡継ぎ。一族による支配をもくろむ母に従い、祖父とともにへろへろを追い詰めた。
ジナジナ(声:河原木志穂)
アニメオリジナルキャラ。マジックが得意。ヘロヘロと銅像の下敷きになったが、鳩を出して助けを呼んだ。元々は天才てれびくんで投稿されたキャラ。
ヅラヅラ(声:渡部まゆみ)
丸坊主なのでいつもかつらをかぶっている。父親は寺のお坊さん。別名「千のかつらをもつ男」。
へろ科な医者(声:宮澤正)
へろへろが風邪をひいたときに行った病院で診断の結果行かされた「へろ科(原作では「バ科」。これは「やるだけやってみる科」「あきらめる科」などと同じダジャレを使ったネーミングだったのだが、アニメでは変更された為、全く意味の無いギミックになっている)」にいる医者で、かなり変わっている。
へろへろを診察? した結果、逸材的な発言をした。
オカマ口調で喋る。
アニメでは不景気な為アルバイトをしている。
デルデル社長(声:横尾博之)
デルデルちゃんの店を営んでいる社長。いつか「日本の社長」に出るのが夢と言うが、役に立たないか使い物にならない発明品ばかりなのでいつも売れず、毎回店を潰しては「なぜ売れん」とつぶやく。
彼もまたへろへろを逸材的に思っていて「あの子は天才だ」と言っている。
発明例
「天然水」からヒントを得た「天然汗水」
マスクを付けながらでも食事ができる「穴あきマスク」
鼻水が垂れない「ハナマスク」
風呂で排泄できる「せんべんき」
時間になっても音が鳴らない「安眠目覚まし時計」
『スーパーへろへろ大戦』のデルデル(デルデル将軍)
ボケジイの部下。巨大ロボットを操りウキウキ星侵略を狙うが、自滅。その後てるてる坊主の姿をした怪人デルデルマンに変身。見た目とは裏腹に攻撃力は高かったが、ヘロボロボロットほか結集したへろへろたちの前に敗れる。

2009年02月11日

みずいろ

海沿いの小さな街で繰り広げられる、優しいストーリー。
ドジでぽんこつな幼なじみ、出来の良い義妹、ケンカ友達のクラスメイト…「ギャルゲー」ではお馴染みのシチュエーションが、笑いあり・涙ありの物語で展開される。
オーナー スキャン マカダミ プレリ トリニダード ジャタン ミヤコサ コビット ラトビア ギナー サイプ シャッフル ネイル ガイア コナ最適 ネバダ ナビミュ 猫物語 たてにしき オート セネガ フローズン スーパ 秋のメルヘン ゼルオー ハルツーム はっく ハードル イタリック サクセス シャーク シート ハイオ キッチュ ロール シアーズ アカマ ジルバ サーズ リバー テーマ ディアム クッパ ねこふん ノーモア フェーズ プレイ さかい ファイ ビタミン

基本システム
タイトルの通り、みずいろにまつわるエピソードをノベル形式で収録。
最初に主人公たちの子供時代を描いた過去パートがあり、そこで出現するヒロインたちにまつわる選択肢の結果によって各シナリオ(現在パート)に分岐する(過去パートに登場しないヒロインもいる)。
壊滅的なNG選択は無く、文字通りノベル感覚で進行するが、本編の選択肢によっては後日談が始まらない、いわゆるバッドエンドが存在する(最初のスタッフロールが流れた後、メニュー画面へ戻ってしまう)。
日和ルートのみ、他のヒロインとオープニングが一部異なっている。

不具合
PC初回プレス版では、ゲームをアンインストールする際、インストールしたディレクトリによってはハードディスクが初期化されてしまうという深刻なバグが報告されている(メーカーの公式サイトで修正差分が提供されている)。


コンシューマ版との違い

PC版
各ヒロイン毎に1つ、合計5つのエンディングが存在する。
18禁仕様の為、各ヒロイン毎にHシーンが2つ(Afterえちぃ Storyを含む)存在する。

コンシューマ版
日和は2つ、それ以外の各ヒロイン毎に1つ、合計7つのエンディングが存在する。
日和シナリオのみ、日和ルート(PC版と同一)と新ぽんこつルート(通称:新ぽんルート)の2種類が存在する。
全年齢対象(PS2ベスト版ではCERO12)の為、Hシーンが削除され、代わりに新イベント及び新CGが追加されている。
選択肢アイコンが追加され、ヒロインアイコンの表情の変化により、ヒロインルート及び選択肢の重要性が判断できる。
DC版、PS2版はそれぞれPC版とは異なるオープニングを採用している。

主な登場人物
声優表記はPC版・18禁OVA版/DC・PS2・全年齢OVA版の順。

片瀬 健二(かたせ けんじ)
声:高橋あきお(ドラマCD)/喜安浩平(OVA)
主人公(名前及びあだ名の変更可能)。身長175cm。
根は優しいのだが、女の子にはついいろいろひどいことをしてしまう。ゴーイングマイウェイな性格。
片瀬 雪希(かたせ ゆき)
声:綾川りの/綾川りの
素直で素直で素直な主人公の義妹。
家事全般を笑顔でこなす健気な少女(「新ぽんルート」では料理が苦手な設定)。
カーキ色のショートヘアー。黄色いリボンでまとめている。瞳は青。
5月7日生まれ。血液型はA型。身長151cm。スリーサイズはB80/W56/H81。
別名「マイシスター」。エロゲ界シスコン対象キャラの代名詞。
ねこねこソフトの看板的なキャラクターであり、以後の同社ゲームソフトの大半にオマケとして彼女と義兄とのHシーンが収録されていた程である。
日和(まじかる☆ひよりん)に魔法少女の衣装を用意させられ、「魔法少女まじかる☆雪希ちゃん」として登場することもある。
早坂 日和(はやさか ひより)
声:籐野らん/後藤邑子
あたふたおろおろ標準装備のぽんこつさん。
主人公のへっぽこな幼馴染。すぐ泣きすぐ笑いすぐこける。
雪希とは姉妹の様に仲が良いが、主人公をめぐり微妙な三角関係を形成。
コンシューマ版では、訳あって片瀬家で主人公兄妹と一緒に暮らす「新ぽんルート」(新ぽんこつの意味)が追加されている。料理は上手くなっているがやはりぽんこつさん。
ピンクのロングヘアー。「新ぽんルート」のみリボンで束ねている。瞳は青。
日和ルートとそれ以外のルートではキャラクターの位置付けが若干異なっている。日和ルートでは幼い頃に引っ越しているが、それ以外のルートでは引っ越していない。
4月23日生まれ。血液型はO型。身長160cm。スリーサイズはB87/W58/H85。
なぜか「日和先生」と呼ばれることが多い。またおかえしCDでは「魔法少女まじかる☆ひよりん」として活躍。
ぽんこつ王家の方。
日和ルートをクリアすると、タイトル画面のメニューが追加され、ショートストーリーがプレイ可能(一部のみ音声あり)。
小野崎 清香(おのさき きよか)
声:上本のぞみ/河本明子
主人公の幼馴染で同級生、口喧嘩友達。チビっ子で、巨大リボン装着。
毎年冬になると砂絵作成に没頭するが、何故か完成させた事がない。
優しく見守る母親に何故か辛くあたり、それを主人公に注意されるが…。いわゆる「ツンデレ」系である。
金色のロングヘアー。白い巨大リボンでポニーテールにしているが、途中で2つに分かれている。瞳は青。
10月23日生まれ。血液型はA型。身長147cm。スリーサイズはB78/W55/H79。
あまりに個性的なリボンのため「巨大タケコプター」「サテライトキャノン」「巨大パラボラ」などと呼ばれることも。
実際に「ねこねこファンディスク2」に収録された、同じパートナーブランドの戯画のヒット作「BALDR FORCE」のゲームシステムにねこねこソフトの歴代のキャラを組み合わせたゲーム、「バルドねこフォース」に登場した際は、サテライトキャノンが武器であった。
清香のファンは「キヨカスキー」と自称することが多い(注:ドリームキャスト版のおまけ「探偵・片瀬健三郎」に、清香によく似た「キヨカスキー」というキャラクターが登場する)。
神津 麻美(こうづ あさみ)
声:堀奈生/佐久間紅美
主人公の上級生。人智を超えたのんびり屋。混雑する学食で食事をするのが夢。
餅が大好きで「餅をあげる」と言えば、たいてい言うことを聞いてくれる。うどんは必ず力うどん。
ほんわか天然だが、猫にまつわる悲しいトラウマを持つ。
おかえしCD3では、まじかる☆ひよりんの魔法で3倍の速度と、明るい性格を獲得した。
黒のロングヘアー。頭の右前で白い布と赤いリボンで一束をまとめている。瞳はブラウン。
8月3日生まれ。血液型はB型。身長167cm。スリーサイズはB92/W60/H87。
進藤 むつき(しんどう むつき)
声:奥森香由/吉住梢
「進藤ルート」でのみ登場する。
主人公の幼馴染で下級生。主人公への想いを胸に秘めた健気な少女。通称「おとな進藤」。
顔はそっくりだが性格は正反対の双子の姉妹、さつきがいる。
青いショートヘアー。赤いリボンでカチューシャ風にまとめている。瞳は赤。
8月14日生まれ。血液型はAB型。身長159cm。スリーサイズはB84/W57/H83。
進藤 さつき(しんどう さつき)
声:奥森香由/吉住梢
「進藤ルート」以外で登場するむつきの妹(むつきは全寮制の女子校に通っている設定)
雪希のクラスメイトであり、ハイテンションなマシンガントークを得意とする活発な少女。通称「やかま進藤」。
本編では下の名前がなく、おかえしCD3において作られた『やかま進藤の攻略ルート』において初めて「さつき」の名が出る。(#備考を参照)。
毎日余計なことをいっては、主人公の攻撃(チョップ)で、ほぼ毎日涅槃行きとなるのが定番パターン。
青いショートヘアー。瞳は赤。ほぼむつきと同じ外見であるが、髪は特にまとめてはいない。
8月14日生まれ。血液型はAB型。身長159cm。スリーサイズはB84/W57/H83。
インパクトの強いキャラであり、ねこねこソフトの宣伝担当と言ってもいいほどあちこちに顔を出している。他作品のおまけや、おかえしCD等への出演数もトップ級であり、単に進藤と言うとさつきを指す。
ドラマCD内では、まじかる☆ひよりんによって落ちとして最後に攻撃されてしまう他、「魔法少女まじかる☆シンドリッタ」にさせられたこともある。そのためか、進藤のことをさすのに「シンドリッタ」と呼ばれることも。
また、「夏はマシンガン」「冬もマシンガン」という、マシンガントークでひたすら喋るキャラクターソングを持つ。
なお、コンシューマ版の「新ぽんルート」では「やかま」と「おとな」の中間ぐらいのごく普通の女の子として登場している。
ちなみに「ねこねこファンディスク2」に収録された、「バルドねこフォース」に登場した際は、サブマシンガンという武器が「やかマシンガン」に変更されていた。
石川 冬佳(いしかわ ふゆか)
声:登場なし/根谷美智子
コンシューマ版での追加ヒロイン。
主人公の家庭教師となった大学一年生。落ち着いた物腰で論理的な思考を振りかざす。厳しい物言いは時として嫌われやすいが、本人はあまり周囲の目を気にしていない。
トラウマにより、他人を信じられない性格に。
栗色のロングヘアー。左右から一束ずつ後ろで合わせてまとめている。瞳は赤。
1月14日生まれ。血液型はAB型。身長164cm。スリーサイズはB85/W56/H84。
小野崎ゆかり(おのさき ゆかり)
声:表記なし/永見はるか
小野崎清香の母親(清香ママ)。PC版では「母親」としか表記されなかったが、コンシューマ版では「小野崎ゆかり」と名付けられた。清香との関係が上手くいっていないが、それにはある理由が…。見た目が凄く若い。

備考
「進藤むつき」の妹の名前は当初考慮されていなかったが、ファンが開設した進藤FCサイトで行われた投票案の中から“さつき”の名前が公認された(公式ビジュアルファンブックのスタッフインタビューによる)。「進藤さつき」の名前は公式ビジュアルファンブックの書き下ろしショート小説で最初に使用され、パラダイムノベルズの『みずいろ』ノベライズ版でも使用されている。
清香ママこと「小野崎ゆかり」の名前は初期設定で存在していたが(公式ビジュアルファンブックのスタッフインタビューによる)、PC版では未使用。パラダイムノベルズの『みずいろ』ノベライズ版、移植されたコンシューマ版では正式に採用されている。

派生キャラクター
ねこねこソフトの代表作ともいえる本作品に登場したキャラクターは、後のねこねこソフト作品中においてアレンジされて登場している。

まじかる☆ひよりん
早坂日和が魔法少女に変身(自称)した姿。「困った、困った」と言っていると、どこからともなく「お困りですか??」と言いつつ出現する。
本人は魔法少女として困った人を助けるつもりなのだが、あまり魔法が使えないばかりか、かえって相手を困らせる結果になる。
魔法の呪文は「ぴんぷるぱんぷる ろりぽっぷん まじかる まじかる るんらら? そ?れ、にゃう?ん」である。
なお類似のキャラクターとして、まじかる☆雪希ちゃん(片瀬雪希)・まじかる☆シンドリッタ(やかま進藤)もいる。雪希ちゃんは魔法の力を使うが、シンドリッタは体を張って問題を解決しようとする。
師匠としてまじかる☆ガンダルフ(16歳)がいる。しかしながら、ガンダルフはスタッフルームなどに登場するのみでひよりんと直接絡んだことはない。
さらにねこねこソフトの麻雀では、『ラムネ』の近衛七海に魔法少女の素質があることが判明、まじかる☆ナナミーの姿が見られる。
メカ進藤
やかま進藤を模した、手乗りサイズのメカ。マッサージ機能つき。ねこねこソフトのサイトの4コマ漫画の「諸葛瑾」にて初登場。
ソフトバンク地下300mの秘密工場で作られているという。
ひよりん部長
「まじかる☆ひよりん」をデフォルメしたぬいぐるみ。販売促進やコミケなどのイベントに登場し、汚れるとエステに行く(クリーニングに出される)。コットンソフトと『せいやん・YURIAの 美少女ゲームは嫌い?』のイベントにも登場している。UFOキャッチャー人形サイズの「ひよりん秘書」もいる。
偽部長と呼ばれる、ひよりん部長そっくりだが目つきが悪いぬいぐるみも後になって登場した。ひよりん部長と同じく販売促進やコミケなどのイベントに登場したが、ねこねこソフトとしての最後のコミケであるコミックマーケット70でお嫁に行った(一般参加の女性にプレゼントされた)ため、コットンソフト等のイベントには登場していない。

2009年01月24日

ガンダム試作0号機(ブロッサム)


パンチ ナビスパ キログラム ユーロ 風花 スマート ラビット リュクス リバー ナビピ スタチオ パラダイス 朝の山道 タイム すいば レバー クニカル ハイレ アーマー マレーシア まーこ ビフテキ 生かす マラケ 自然薯 ボック プラチナ ライフプ オマーン ドーハ 道しるべ オーガ うみわに ミーズ あかちゃ トロンボ 逢坂の関 スポッ シティ ミックス ドマーク ジニーメイ スプレッド はっさく フリート フォトン ブレード シアトー タイム ハウス
ガンダム開発計画(ガンダムかいはつけいかく、GUNDAM Development Project)は、オリジナルビデオアニメ『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』における架空の計画。モビルスーツ(略称MS)の開発計画であり開発された一連のコンセプトモデル群はGPシリーズとも呼ばれる。

なお、各機体は花の名になぞらえた名称で呼ばれる事もあるが、これは開発に携わったアナハイム・エレクトロニクス社(以下アナハイムと略)のスタッフが便宜上、女性のスタッフが多かった事もあり愛着と遊び心を込めて付けたコードネームであり、連邦軍内部の符丁としては正式なものではない。実際OVA劇中でもそのコードネームではなく「ガンダム試作○号機」「○号機」としか呼ばれていない。

一年戦争が終わり、地球連邦政府は「連邦軍再建計画」の一環として「ガンダム開発計画」を立案、宇宙世紀0081年10月20日から、連邦軍ジョン・コーウェン中将の元で、アナハイム社と共同で極秘の内に開発が始まった。その際に造られたのが、GPシリーズ(ガンダム試作機)である。

この「ガンダム開発計画」は、次世代主力量産機開発のための技術開発を狙ったもので、具体的には連邦軍とジオン公国軍のMS技術を融合させた、いわゆるプロトタイプではなく試作実験機の開発計画である。「クラブ・ワークス」と呼ばれる先進開発事業部がガンダム試作1号機・ガンダム試作3号機の、旧ジオン系の技術者が多く在籍する第二研究事業部がガンダム試作2号機・ガンダム試作4号機の開発を担当した。しかし、4号機は諸事情からいわゆる「ガンダム」としてではなく、外観上は別種の機体の「ガーベラ・テトラ」として製造されたため、GPシリーズとして実際に製造されたのはそれ以外の3機(0号機を含めると4機)だった。

極秘の計画だったが、情報の漏洩からジオン公国軍残党のデラーズ・フリートに察知され、アナベル・ガトーによりトリントン基地からガンダム試作2号機を奪われる事態を招く。その後も連邦軍の官僚主義的対応や派閥争いなどにより事態は一層混迷し、コーウェン中将は責任を問われ失脚してしまう。

一連の連邦軍とデラーズ・フリートとの戦いに製造された3機のガンダム試作機が関わり、それが連邦軍の不祥事とも絡んでくるため、事件後に実権を握ったジーン・コリニー、ジャミトフ・ハイマンの一派により「ガンダム開発計画」とGPシリーズはその一切を封印、公式記録から抹消されてしまう。計画のもたらした技術も封印された事になっているが、実質的にはムーバブルフレームや可変MSなど、なんらかの形で後のMS開発に活かされているとも言われていた。

宇宙世紀0099年11月、GPシリーズとみられる試作MS群が宇宙世紀0083年当時存在していたことがアナハイム社の発表により明らかにされ、それまで謎とされていた第1世代MSと第2世代MSを繋ぐ機体として注目を浴びた(アナハイム・ジャーナル)。

設定の変遷
これらGPシリーズのMS群は宇宙世紀0083年という開発時期を考慮するとオーバーテクノロジーといっても過言ではなく、4年後のグリプス戦役に登場する第2世代MSと比較しても、量産機はおろかΖ計画のガンダムタイプすら凌駕する性能値を示している。量産を前提としていないワンオフの実験機であることを考慮しても、いささか性能が高く設定され過ぎており、例えば、GP01-Fbのジェネレータ出力2,045kWとスラスター総推力234,000kgは、ガンダムMk-IIの1,930kW、81,200kgはおろかΖガンダムの2,020kW、112,600kgをも凌駕している。とりわけ試作3号機デンドロビウムに関しては、デザインを担当したカトキハジメをして「オーパーツ」と言わしめるほどの超々高性能ぶりである。

後に「ガンダム開発計画は公式記録から抹消されたため、同計画で培われた技術を第2世代MS群に生かすことができなかった」という設定が付け加えられ、矛盾は一応緩和されている。

その一方で、「試作1号機のフレーム構造にはムーバブルフレームの前身が採用されている」、「試作2号機を参考にリック・ディアスが開発された」、「試作3号機のテール・バインダーが後のフレキシブル・バインダーに繋がった」といった設定も存在し、少なからず設定の混乱が見られる。

なお以下において、(初)登場作品を省略した記事は、OVA『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』から登場

ガンダム試作0号機(ブロッサム)
ガンダム試作0号機(ガンダムしさくゼロごうき、GUNDAM GP00)は、模型雑誌「電撃ホビーマガジン」2002年6月号の企画『機動戦士ガンダム ファントム・ブレット(亡霊の弾丸)』に登場。アナハイム社で開発された、GPシリーズの試作MSである。コードネームはガンダムブロッサム (GUNDAM BLOSSOM) という(型式番号:RX-78GP00)。

コードネームの「ブロッサム」は、英語で花、開花の意。

機体解説
本機は、アナハイム社がGPシリーズのトライアル用に制作した試作MSである。当時のアナハイム社が持つ全ての技術が投入されている高性能機だった。コア・ブースターとの合体が可能であり、機体背面にドラム式フレームを設置し武器マウントアームを介して多数の装備が使用可能である。コア・ブースターによる高機動化に合わせ、肩部や脚部にスラスターが設けられ、機動性の向上が図られている。

固定武装は肩部に設けられたビームサーベル2基。右部ドラム式フレームには大型ビームライフルを装着する。当時のMSの火器としては最大級のものであり、威力も高いものだった。Eパック式ではないためエネルギーチャージに時間を要し、連射は不可能である。左部ドラム式フレームにはレドーム状のミノフスキー粒子干渉波検索装置(MPIWS: Minovsky-Particles Interference-Wave Searcher)を装備。広域センサーとして機能するが、たびたび不調が生じ信頼性は低かった。

ジャック・ベアード中尉が搭乗し月面での哨戒任務を行っていたが、ジオン残党軍のザメル砲部隊と遭遇し、機体は大破した。大破した機体を回収して検証した結果、一つの機体にあらゆる機能を詰め込むのはパイロットの負担となることが分かった。それに従い、複数の機体で単一の機能を追究するため、ガンダム試作1号機?4号機が開発されることとなった。

コア・ブースターII
一年戦争における地球連邦軍の試作MS(ガンタンク、ガンキャノン、ガンダム)で採用されたコア・ファイターは、ブースターを装着することにより推力および火力を増強したコア・ブースターとして運用が可能だった。しかし、このブースターはMSのシステムに直接組み込まれていなかったため、脱出時には依然として推力および火力が貧弱なままのコア・ファイターを使用せざるを得なかった。コア・ブースターの機動力に着目した技術者はブースターを腰部大型スラスターとしてMSに組み込むという斬新な設計でそれらの問題を解決した。

本機最大の特徴のコア・ブースター(型式番号:FF-X(7)II-Bst)はガンダム試作1号機と同じホリゾンタル・イン・ザ・ボディ方式を採用し、機首は共通の設計となっており、ドラム式フレームを挟む形で機体後部にブースターがセットされる。

MS形態時のビームサーベルはビーム砲として使用可能であり、ビームライフルは機体下面右側にオフセットされ、MPIWSは機体上面に配置される。しかし、これら大型装備は高機動時の機体制御に悪影響を与えてしまったため、以後の機体では廃止されることとなった。

2009年01月17日

パルスの西方に位置する王国

パルスの西方に位置する王国。王都はアクミーム。国土の大半が砂漠で夏は猛暑となる。ディジレ河の沿岸は肥沃な穀倉地帯であり、灌漑の為の水車が並ぶ。砂漠での戦いで勇名を馳せる駱駝部隊と戦車隊を持つ。南で国境を接するナバタイとの交易もおこなわれている。モデルはエジプト(ミスルとはアラビア語でエジプトのこと差す)で、作者自身によると「中世のエジプトがモデル」。現実世界のナイル川に相当するディジレ河がパルスとの国境を隔てている(この世界にはアラビア半島に当る部分が存在しない)。先年パルスに大軍をもって侵攻したが、エクバターナの城壁に拠って撃退されたらしい(ヴァフリーズの言より)。
セッサカー リネーム ソテー トラック きょうお チップ ゴブラン サンファ デリバリー プレー スパンキ ラシン カーレース シリコンウ リテーラー フォワ フラン アデニ ジャケット コスミド クロロ いいだこ ニポポ あしべつ ファゴット トニア ソックス スンニ ロジカル ほうゆう むろね ヒッピー バックホ リラックス せれべす かばん ライ麦 ツアー わらぐつ チャクラ カード キミと僕 ハーフマラ ももいろ コータロウ スンダ 恋模様 ターボ カゼイン メルシ

チュルク
パルスの東方に位置する王国。北にトゥラーン、南にシンドゥラと国境を接する内陸の山岳国家。元々チュルク人はトゥラーン人と同じ民族であったと言われている。王都ヘラートは難攻不落の城塞都市として知られる。鳥葬の風習がある。文庫版八巻『仮面兵団』後書きによると「中央アジア山岳地帯の諸国家がモデル」であり、特定の国がモデルと言うわけではないが、国名及び民族名は中央アジアを中心に住むテュルク民族が語源と思われる。
トゥラーン
パルスの北東に位置する遊牧騎馬民族の王国。西にパルス、南にチュルクと国境を接する。王都はサマンガーン。ただし固定した建造物はなく、王宮は巨大な天幕である。パルスを上回る騎馬民族の国で、会議すらも馬上で行う。他国からは「草原の覇者」とも言われ、野戦ではパルス軍に匹敵するが、その分攻城戦は不得手。トゥラーン人は遊牧民の為、定住はせず天幕をもって草原を移動する。主要産業は他国からの略奪であり、自ら通貨を発行する事はなく、他国の貨幣をそのまま使用する。太陽神(ダヤン)を信仰している。モデルはモンゴル民族。
絹の国(セリカ)
パルスよりはるか東方にある文明国、大陸公路の東端に位置する大帝国。絹の国の皇統は約千年続く。帝都は西都永安府(シーツィーイーアンフ)。北と西の国境線には、外敵である遊牧民族の侵入を防ぐ為、「長城」と呼ばれる長大な石の防壁が築かれている。国土を二つの大河である、雷河(ライホー)と龍江(ロンチャン)が流れる。ダリューンが以前に使節団の護衛隊長として赴いたことがある。モデルは中国で、セリカも西洋における中国の呼び名のひとつである(ただし現実の「セリカ」は「西夏」が語源であり、絹とは関係無い。また中国が絹の産地として知られたのは古代であり、中世には西欧にも養蚕技術は伝播している)。雷河は黄河を、龍江は長江をモデルにしていると思われる。皇統が長きに渡って続いている事と太上皇帝(帝位の生前譲位)の制度は日本を彷彿とさせる。
ナバタイ
ミスルの南方に位置する黒人の国。政権が安定せず第2部の時点で東西の王国に分かれている。幾度かミスルへ侵攻したことがある。鉄鎖術はこの国出身の黒人奴隷(ザンジ)たちが、鎖につながれた身で残虐な主人に抵抗する為に修得したと言われる。ディジレ河の上流域にあることから、スーダン、エチオピアなどがモデルと思われる。
バダフシャーン
かつて存在した公国で、パルスによって併合された。現在は元首府ヘルマンドスにパルスの総督府がおかれている。国土の大半を砂漠が占める乾燥地帯で、点在するオアシスに多くの住民が居住する。ヘルマンドスはバダフシャーン地方最大のオアシスである「プラタナスの園」(バーゲ・チナール)の中心にある巨大な湖のほとりに作られた都市で、四方を城壁に囲まれている。主要産物は銀や紅玉(ラアル)などの鉱産物。
ファルハール
パルスより東方にある公国。大陸公路に点在する小さな都市国家の一つ。ファルハール人は東西の血が入り混じっている為、個人の容貌に差があり、親や兄妹でも似ていないとされる。大陸公路で最も美男美女が多い土地とされている。ファルハール人は20歳を過ぎるまでに母国語であるファルハール語に加えて、最低でもパルス語と絹の国(セリカ)語を習得しているとされる。翡翠と紅玉を産出する。モデルは楼蘭等の中国西域の都市国家。